伊豆半島ジオパーク Izu Peninsula UNESCO Global Geopark

桜葉

桜葉漬

桜葉漬、国内産の大半は伊豆産。芳香を引き出す丁寧な手作業。

3月のひな祭りに女の子の成長を願って出される桜餅。餅を包む桜葉漬のほとんどは伊豆地域でつくられています。オオシマザクラの葉を摘む作業、摘み取った葉をサイズ別に50枚ごとに束ねる作業、それを樽に並べて塩漬けにする作業は、いずれも100年以上も続く伝統の技。長年の経験に支えられた丁寧な手作業が独特の桜葉の香りを引き出します。

桜葉餅に使われるのは、他のサクラより芳香成分クマリンを含んでいるオオシマザクラの葉です。葉の裏に毛がなく、つるつるしていることも菓子材に適しています。

なぜ伊豆で?①オオシマザクラの適地

オオシマザクラは潮風や強風など過酷な環境に強いのが特徴。他のサクラやナラ、クヌギが育ちにくい過酷な環境でも自生しています。伊豆半島南西部の山の斜面にはオオシマザクラが数多く見られます。

オオシマザクラは、自分の花粉では受粉しない「自家不和合」という性質とともに、他の種類のサクラと容易に交雑しやすいという性質を持っています。交雑種では、クマリンの含有量が落ちてしまいます。

松崎町と南伊豆町の境に位置する高通山では、春になると、白いレースのカーテンをかけたような光景が現れます。

なぜ伊豆で?②薪炭材として重宝、人為的な植林

オオシマザクラの大半の群生地は自然にできたものではなく、人為的に植林されたものです。この地域では、江戸時代から薪炭の生産が盛んでした。硬いオオシマザクラは過酷な環境にも耐え、成長が早いため、薪炭材として重宝されました。

山の木を炭焼きに使うため伐採した後、最も多く植えられたのがオオシマザクラでした。里山の雑木林からつくられた薪炭は、妻良港や子浦港(南伊豆町)から廻船で江戸に運ばれました。明治時代末期から大正初期には官民挙げてオオシマザクラの造林が行われました

なぜ伊豆で?③燃料革命、山採りから桜畑へ

昭和30年代、薪から電気、ガス、石油へと変わる燃料革命によって、薪炭材としてのオオシマザクラの需要は激減してしまいました。代わりの用途として、和菓子の材料となる桜葉漬が注目されました。

高度成長期にあって、和菓子の需要は右肩上がりで増加。それまでの桜葉漬に使う葉は、山に登って葉を摘む「山採り」でしたが、昭和30年代後半から、桜葉を収穫するための桜畑が各所に設けられました。この結果、桜葉漬の生産量が飛躍的に増えました。

なぜ伊豆で?④過疎地の貴重な現金収入

伊豆半島南西部は目ぼしい企業もない過疎地域。その中で桜葉漬は貴重な現金収入源でした。桜葉の採取から塩漬けにするまで機械化できないにもかかわらず、地場産業として生き残ったのは、ほかの手段で稼ぐごとが難しかったせいかもしれません。

香りの正体はクマリン

①香りの正体はクマリンという有機化合物です。

オオシマザクラの葉には、糖と結合したクマリン酸配糖体が多く含まれています。配糖体のままではかおりはしません。

②何かの拍子に細胞膜が壊れると、細胞膜の外にいた酵素が直接、配糖体に作用できるようになります。桜葉漬では塩漬けの浸透圧によって、細胞膜が壊れます。

③④酵素の作用によって、クマリンが糖から分離・生成され、初めて芳香を放つようになります。

クマリンの構造式

 

100年以上の歴史

生産量

ピークは1980年代

松崎町の調査では、桜葉生産がピークだったのは1987年ころです。松崎町だけで、生産農家300戸、桜畑

面積48ha、生産量300万束(1億5000万枚)に達しました。2020年は50戸、5ha、40万束(2000万枚)と、ピーク時の7分の1程度にまで減っています。地元の生産農家、漬け元などで組織する松崎町桜葉振興会は、松崎町の桜葉生産量のシェアは全国の70%とみています。これから直近の伊豆半島全域での生産量を推察すると、生産農家70戸、7ha、60万束(3000万枚)程度だとみられます。

生産農家の高齢化が原因

桜葉の生産農家の平均年齢は70歳以上。どこも後継者不足に悩んでおり、いつ桜畑を放棄しても不思議でない状況。ちょっとしたきっかけ、例えばイノシシやシカに畑を荒らされたときに、続ける気力を失ってしまうケースが少なくありません。

国内産の減少を中国産が埋める

和菓子問屋など桜葉漬の国内需要は年間500万束(2億5000万枚)程度であり、ほとんど変化がないとみられています。国内生産量の減少を中国産が埋めています。

桜葉漬は漬け元が農協を介することなく、直接、和菓子問屋などに出荷しています。生産組合もなく、まとまった統計はありません。数少ない統計と漬け元に残る記録から推察した結果です。

桜葉漬ができるまで(農家)

葉摘み

農家では毎年4月から8月にかけて、桜畑に出て、発生したばかりの若葉を1枚ずつ手で摘み取り、籠に入れていきます。虫に食われて穴の開いた葉や病気にかかった葉はこの段階で除かれます。炎天下で黙々とこなす作業です。

まるけ

農家では、摘み取った葉をサイズ別に分け、50枚ずつカヤで束ねます。この作業を「まるけ」と言います。葉のサイズがそろっていること、虫食いなどの不良品が混じっていないことが求められており、桜葉漬の品質は、いかに丁寧にまるけをするかにかかっています。

採取した葉は翌日までにまるけて漬け元  に納品しなければなりません。このため農家では夕飯後、家族総出で土間に桜葉を広げて、黙々とまるけの作業をしています。4月から8月まで連日、深夜・未明までまるけに追われたので「百日戦争」と言われています。

桜葉漬ができるまで(桜畑の手入れ)

剪定

毎年1月下旬から2月上旬にかけて、株だけ残して、昨年伸びた枝を刈り取ります。刈り取っても、すぐに新枝が伸びてきます。樹勢の強いオオシマザクラは1株で数十年間、使い続けることができます。桜畑は葉を効率よく取るために枝を毎年刈り取るので、残念ながら桜畑で花が咲くことはありません。

消毒

桜の葉はアメリカシロヒトリなど毛虫の好物です。自生しているオオシマザクラを見ると、虫食い跡のない葉の方がはるかに少ないことが分かります。また、うどん粉病などの病気もあり、毎年の農薬散布が欠かせません。指定された農薬以外は使えません。

育苗

同じ株を毎年使い続けられるというメリットがあるものの、15年程度経つと樹勢も弱まってきます。桜葉振興会では、伊豆大島から種を購入して計画的に苗を育てています。発芽して1年半程度の新苗を農家に販売しています。

桜葉漬ができるまで(漬け元)

桜葉の漬け方は漬け元によって微妙な違いがあります。しかし、「塩分濃度18度前後の塩水に半年ほど浸す」という基本的な作業は同じです。

塩漬け

まるけた桜葉を桶に同心円状に並べて塩をまきます。最後に蓋を閉めて密封し、重石を載せます。四斗樽の場合、桜葉300束(15000枚)を漬け込みます。なかには巨大な三十石樽を使っている漬け元もあります。

貯蔵

木製の酒樽だと、水分が蒸発するので、塩分濃度が18度前後になるように随時調整します。漬け始めてから数日でクマリンの香りが漂い始め、半年経つと、桜葉はべっこう色に変わり、出荷を待つだけとなります

出荷

出荷先の大半は和菓子問屋、和菓子屋です。10束(500枚)を真空パックにして全国に発送しています。

桜葉漬ができるまで(こだわり)

漬け元によっては、代々受け継がれてきた四斗樽しか使わない、すべての葉を水洗いして、サイズをチェックするといったこだわりの作り方をしています。そのこだわりがその商店の桜葉漬の「売り」になっています。

四斗樽

プラスチック製の樽と異なり、四斗樽で漬けるときは密封性がポイント。木槌で蓋をした後、樽と蓋のすき間を紙をこより状にした「巻き肌」で詰め、再度樽を傾けて水漏れがないかをチェックします。

一部の漬け元では、まるけて納品された桜葉をばらして、すべて洗った上でサイズを測り直しています。洗う過程で、葉の間からごみや虫が出てくるそうです。手間を惜しまないことが評価を高めています。

 

長命寺と道明寺(関東風と関西風)

単に桜餅と言っても。関東風の長命寺と関西風の道明寺があり、歴然とした違いがあります。関東風は上新粉の餅で餡を包みます。江戸時代に桜餅を始めた長命寺にルーツがあります。

関西風は、もち米を蒸した生地で餡を包みます。大阪・藤井寺の道明寺粉を使うことが名前の由来。使う桜葉も微妙に異なり、長命寺にはMサイズ、道明寺にはSサイズが使われます。

関東風の桜餅(長命寺)

関西風の桜餅(道明寺)

多様な用途に

最近では、伝統的な桜餅以外への用途も広がっています。パウダー状にした桜葉漬を、そば、洋菓子、ソフトクリームやチーズに練り込んだ商品が開発されています。粉砕葉とお茶の葉とミックスした桜茶も考案されています。食用以外では、かおりの成分・クマリンを使った香水もあります。

 

 

存続へ、松崎町を挙げた取り組み

桜葉生産は年々、衰退傾向にあります。この桜葉を残そうと、松崎町では町を挙げた取り組みが展開されています。

桜葉振興室

2018年4月、町役場産業建設課に桜葉振興室を設けました。生産団体の桜葉振興会と協力して、育苗、残留農薬検査、農地確保などにあたっています。松崎町のマスコットキャラクター「まっちー」にも桜葉があしらわれています。

松崎ブランド

松崎町商工会で扱っている「松崎ブランド認定商品」にも、さくら葉餅、桜葉豚みそ漬、桜葉クッキー、桜葉そばなど桜葉を使った多数の商品が認定されています。

https://matsuzaki-portal.com/m-syouhin.html

高校生の参加

伊豆の国特別支援学校伊豆松崎分校では、2019年2月から、高等部の生徒10数人が授業(地域作業学習)の一環として、葉の収穫や畑の剪定、育苗など桜葉生産の作業に従事しています。作業には生産農家や漬け元が指導にあたっており、交流も生まれています。

桜畑の分布

松崎町をはじめ、南伊豆町、西伊豆町に分布

 

参考

本稿の作成にあたっては、多くの方々、団体、事業者に取材しました。この場を借りてお礼申し上げます。

桜葉漬生産者
有限会社野村商店
橋本屋商店株式会社
株式会社松崎桜葉商店
有限会社丸後食品
株式会社外岡商店

 

古賀恵介静岡県立韮山高等学校非常勤講師
農家、桜葉商品製造者の方々 多数

松崎町桜葉振興室
松崎町桜葉振興会
松崎町商工会
静岡県立伊豆の国特別支援学校伊豆松崎分校
静岡県工業技術研究所沼津工業技術支援センター
株式会社ウェザーニューズ

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